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トシノセキジーと「侍」余裕の花遊び

トシノセキジーと「侍」余裕の花遊び


どうも雉です。おはよう。

確かにいろいろ思うことはあります。コミケ死ね。
でもブログではツイッター見たいにあんまり感情的にならないようにします。コミケ死ね
あそこと違って10分じゃ流れませんからね。コミケ死ね。

しかし流れにくいといってもそもそもこんなブログゆきじさんとまだまぼうさんくらいしか読んでないと思いますが。
ゆきじさんはコメントをくれるので結構きっちり読んでるんじゃないかと思います。ありがとうございました。じゃないやありがとうございます。
まだまぼうさんはなんかツイッターにこのブログ面白いとか書いてました。
まぁたぶんわふいのブログあたりと間違えてるんでしょうが、もし本当にこれのことだったらかなりエキサイティングな読み方をしているんじゃないでしょうか。
例えば……次の行の文字数を当てるゲームやりながら読んでるとか、もしくは薬か。ダメ、絶対。ああこのブログ読むのはダメじゃないですよ。
別に二人の為に書いてるんじゃないんだからねと強がりたいところですが、他に誰の為にも書いていないので二人の為でいいです。
二人は僕のプレッシャーを感じながらがんばって読んでください。ですがシンナーを吸いながら読むのは犯罪なのでやめてください。

あと、コメント返信が毎度遅くなってごめんなさい。
なんか携帯からFC2にコメントすると「雉」という字が文字化けするんですよ。
帆足君のブログに「きじ」でコメントしている時点で全く言い訳になっていませんけれどね。すみません。

はてさて今日は大晦日ですがこれを書いているのは実質大晦日前日、晦日って言うんですっけ?12月30日です。
長かった1年も終わりですね。
自分的にはツイッターに振り回された1年でしたが、いつからツイッターやってたんでしたっけ。
バンクーバー五輪のときは確かツイッターで実況していたような。
あの時のTLの人たちも結構残っていますね。
やめた人も結構いますし、僕をブロックしやがったやつもけっこういますけども。うん。
そのバンクーバー五輪で知ったこと。冬季競技って意外と(って言ったらかなり失礼だけども)おもしろいですね。
モーグルやスノーボードのHPやクロス、とても見ていて楽しかったです。あとカーリング。
僕はあまり冬季競技には馴染みがありませんが、僕の知らない世界で面白いものはいっぱいあるんだなぁと感じた大会でした。
……知らない世界に行ってみたいですね。おっと、続きはツイッターで。


で、昨日の午前2時だか3時だかにですね、その知らない世界に行ってみたい件でTLを汚しまくっていたらロック認定されました。
今日から青いヘルメット常備ですね。僕はE缶だけは最後まで取って置きます。
読者が二人(たぶん)だとこんなべたなボケも楽にできますね。いや別にあなたがたをないがしろにしているわけではないですよ。はい。

話を進めるとそこでなんか創作を勧められました。そして僕は自惚れて創作=小説だよねみたいな考えに至ったようなそうそんなあれです。
今思えばあれは「雉は知的障害者だからパンでも作ってろカス!」という意味の差別的な発言だった気がしないでもないですけれども。
と、とにかく、そこから倒置法とか体言止めとかをせきぬさんとかじぇいぺぐさんとかに教えててもらいつつ比較的真面目に勉強したんですよ僕は。(←倒置法)
ご覧のように体言止めとか倒置法とかをマスター……まではいかないにしてもまぁスーパーくらいには会得した気がします。
なんだか普通の日記になってきましたね。なので叫びます。あああああああああああああああああああああああああああああああ。
叫びました。
別に普通から対して脱却していないしというか別に普通に日記でよかったですね。
なんかこういうの書いたことあんまりないんで気持ち悪かったんですすみません。

それで僕はその後熱くなってこっ恥ずかしい自己創作論的なものを本塁打29本くらい気持ち悪い文章で連投していました。
ついろぐ参照。いややっぱ見なくていいです。
すぐに熱くなっちゃうんですよね。なんたって灼熱だから。あ、スクラッチで切り刻んじゃって結構ですよ。深く反省しています。

なんか支離滅裂な感じになってるのでちょいと補完を。というか支離滅裂そのものですね。

ようはインストゥメンタル(歌の無い音楽のこと)のような小説があったら面白いんじゃないかと。
僕は読書をするタイプではないので、僕の定めちゃった定義でインストのような小説以下インスト小説は一シリーズしか知りません。
しかし読書をしないといっても100冊くらいは小説を読んでいます(ほとんどラノベですけどね)
それで僕が出会ったのはたったの1シリーズ3冊、打率.030です。低い。ヒューバーのが高い!
これはつまりそういう小説自体が少ないか、僕の読む本が偏っているからこんな結果になったか、その小説のあるジャンルが偏っているかどれかです。
そもそも規定打席(何冊がそれなのかはわかりませんが)に達してねーから全く参考にならねーよカス、という意見は面倒なんで無視します。
僕の読む本が偏るのはもうなんか仕方がないのでとりあいず1か3と仮定します。
なにがとりあいずなのかわらかないしとりあえずだろ!って突っ込みは無しで。
たぶんこのあたりであなたはイライラして読むのやめちゃうかな?まー読んでよ。読まなくてもいいけど。

まず1として、これなら話は簡単です。
前例があるので後追い感はありますが、それでも数が少ないので物珍しいです。普通に書けばいい。
そして3の場合。
少なくともライトノベルにはそういう作品はあまり多くないイメージなので普通に書いて電撃大賞にでも出せばいい。
はい、終わり。

今頃みなさんは「インスト小説ってなんやねん!」とか思ってると思いますってるけれども、「プシュケの涙」シリーズを想像していただいたら結構です。
僕の定義ではこれは完全な「インスト小説」です。
もう一回書きます。今度は僕が関西弁でしゃべっていると想像して読んでください。
「僕の」がぼ→く→の、ではなく、あ、ではなくもで→は↑な→く↑です。で、僕の、をぼ→く↑の→と読んでください。
いきますよ。
僕の定義ではこれは完全な「インスト小説」です。

はい。そいうことです。
でも「プシュケの涙」シリーズを知らない方も普通にいらっしゃると思います。なぜか丁寧語です。
「プシュケの涙」シリーズというのは、主人公は「由良」という男です。
主人公なんて一言も書かれていませんが、たぶんみんな由良が主人公だと思うと思うと思うと思います。
しかし上に書いたように主人公とは一言も書かれていませんし、一人称小説なのに由良が視点を持った場面が無いんですよ。
でも由良が主人公なんです。読めばわかります。読んで。あ、宣伝になっちゃった。僕市ね。
第一作のプシュケの涙では、前半は高校生の少年、後半は高校生の少女が視点保持者。
第二作のハイドラの告白では、前半は大学生、後半は女のモデルさんが視点保持者。
最終作のセイジャの式日では、前半はハイドラと同じ大学生、後半はプシュケとはまた別人の高校生の少年が視点保持者。
それぞれがそれぞれの生活とか物語とかを抱えながら、由良と付き合い、由良を読み取ります。
作者的には、この視点保持者たちを通じて読者に由良を感じさせる、と言ったところでしょうか。エロい意味じゃないよ。

今ここで視点保持者という言葉を多用しましたが、この言葉が小説用語的に正しいのかは僕はわかりません。
というかぶっちゃけ僕が昨日深夜のテンションで適当に付けたのでたぶん間違ってるかなって思います。
ようは一人称小説で誰の視点のおはなしかということです。
たとえば「ハルヒ」ならキョンが、「神様のメモ帳」なら鳴海が、「ロウきゅーぶ」なら昴がここでいう視点保持者です。
普通は主人公=視点保持者ですね。
つまり僕が言いたいのは「インスト小説とは一人称小説だけれども主人公≠視点保持者の小説だ」ということです。

ここで勘違いしないでほしいのは、二人称小説とはまた別物であるということ。
いやまぁ二人称と言えば二人称……なのかな?
そもそも二人称小説がなんなのかは僕もわかっていません。せきぬさんが説明してくれた文を引用します。RTです。

『ドキュメンタリー映画のようで、主人公を「彼」と呼んで、ずっと追って行く。
 作者はドキュメンタリーのカメラマンになる。「彼はコップを手に取り、苦々しげな表情で中身を一気に飲み干した」みたいな感じ』

だそうです。ほへー。
しかし僕が書きたいのはこういった作品ではありません。ああいや嘘です書きたいとか思ってません。
このように視点保持者が主人公をずっと見たような感じではなく、あくまで一人称小説で視点保持者に生活や物語があり、その中で主人公と接していくわけです。
でも「大事」なのは視点保持者の物語ではなく、あくまで主人公の物語です。
ですが視点保持者がずっと保持し続けるともうそいつが主人公だし、多角的な目線で主人公を読者に見せたいので視点変更という技を織り交ぜます。
ここで視点保持者が変わるわけですね。
しかし視点がコロコロ変わる小説は非常に読みにくいので、ここはバランスが大切です。バランス考えろ。
ですが主人公は視点を保持しないので、普通の一人称小説のように主人公の気持ちが(隠している部分はあるが)読者に筒抜けではありません。
間接的に読者に主人公を感じさせる。
この回りくどさが結構いいと思うんです。

ここでようやく、僕がこのような小説を「インスト小説」と呼ぶ理由の説明です。
……もうキー打つの疲れたよ。帰りたい。
でもまぁ説明します。引きこもりは暇なんで。
好きとか嫌いとか透きとか悲しいとかうれしいとかおいしいたのしいあたらしいとか、そういうことを言葉で直接的にぱっと言うのは簡単です。
世の中には誤解というものがあって実際そんなに簡単ではないですが比較的簡単です。
しかしインスト音楽はこれらをメロディとリズムと音色だけで表現しなければいけません。ビジュアルとか演奏で伝えることもできますが。
でも直接表現は「基本的に」ですが出来なくて、これらの武器を使って回りくどく表現する必要があります。
でもその回りくどさに、遠回りな表現に、人は、人は惹かれるわけです。
少なくとも僕は惹かれます。ボーカル音楽に無い魅力があると思います。

もちろん感情をそのまま言葉で表現したらかっこ悪いですから、ボーカル音楽の歌詞も小説の表現も遠回りな言葉にするのは当たりまえになっています。
しかし、僕には言葉の引き出しや的確に言葉を置く技術が無いので、安易にそれをやってしまうとダサい寒い痛いで遺体となってしまいます。
なのでいっそ切り離したら、と考えたようです。
視点保持者を通さないと作者の伝えたいことが、主人公が感じていることがわからない小説。
メロディとリズムと楽器を通してじゃないと作者の伝えたいことが感じ取れないインスト音楽っぽいといえなくもないでしょ?
そういうことです(キジッ

しかしせきぬさんは言いました。
「物語が一番大事やで(概要)」
そうです。あたり前です。
ストレートが生きてこそ変化球も生きる。
おもしろければなんでもいいんですよ、ラノベは。




    ま、書きませんけどね。





だってこんなん面倒じゃないですか。
設定練り込みまくらにゃあかんし。
書くなら野球小説かなぁ。
でも9人も魅力的なキャラ書けないまぁ一人も書けないけど。
でもどのポジションも大事なのが野球だから、モブキャラとか置きたくない。
野球に失礼。僕の信念にも反する。明日から新年ですね。はい。



さて、そろそろ締めますかね。
うわーなげー今回。
10kbですよ。わろす。
長い割にスカスカでなのに僕のドヤ顔が画面に見えるくらいのアレな気分をみなさん味わったと思います。ざまぁ。

なにはともあれここまで読んだ方お疲れ様です。
たぶん居ないでしょうけど、いたら商品でも差し上げたい気分ですあげないけど。
でもありがとうございます。ほんとに。うん。ごめんねなんか。

今年一年ありがとうございました。
それではまた、次回は来年。雉でした。
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非公開コメント

No title

毎年五輪なんて見ないよ!なんていいつつもずっと見てるわ。
冬季競技に限らず、五輪なんかを見るとみたくなるスポーツが増えるね。結局次のオリンピックまで見なかったりもするんだけどw

小説で二人称というのは殆ど無いね。
視点者が語り手である一人称か神の視点で眺める三人称だから。
一人称の文章の一番の利点というのは主人公の感情が書きやすいからなんだけど、その点周りの状況なんかを書きにくい部分があるのよね。
よく一人称書きやすいじゃん!って意見を見るけど、それって書けてないだけではるかに三人称の方が難しい;;
自分も書いてみようかと思ったことはあるがとても書けそうになかった。

雉くんは結構面白い文を書いてると思うよ。
それが小説に出来るのかはともかくとして、俺みたいに一般論ばかり各タイプとは違って面白いと思う。
ただ、雉くんも言ってるが、視点がコロコロ変わる話はやはり読みにくい。
もし、またやろうかなと思ったらその時は読ませてどういう工夫が組み込まれてるのかを楽しんでみたいわ。

今年一年お疲れ様。よいお年を。

>ゆきじさん
コメントありがとうございます
この返コメも見てくれてるかな?
一人称は頭が悪い文を書いても「主人公の頭が悪いからしゃーない」と言い訳出来るのがいいよね
三人称だとこうはいかないww




まぁ書きませんけど

No title

長い

No title

いや、小説かこう
アニメ化しよう

No title

>ぼのにきさん
えーだって小説って終わりないじゃん。
言葉選びとか配置とか比喩表現とか考え出すとキリが無くてやってらんねって。
それは漫画でも漫才でもなんでも同じだけどw
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